こんにちは~四柱推命鑑定講師の豪萃(ごうすい)です。
今回はですね、色々な人から「必ず」聞かれる、
「なんでメルボルンに移住したの?」
こんなお話をしてみたいと思います。ただ、そのきっかけをサラッと書くことができなさそうなので、全7部作となっています笑 お時間があるときにでも読んでみてください!
まずは、ちゃちゃっと豪萃(ごうすい)の経歴をお話しします。
簡単に私の経歴をお話しすると、高校3年、遊びすぎたせいか大学試験に全て落ち、次の選択肢が浮かび上がりました…
「浪人を選んで大学を目指すか社会人を目指すか」
この選択がのちの人生に大きな大きな影響を及ぼすことになるのですが、全く迷いもせず、誰にも相談せず、案外あっさり…
「浪人はしない!調理師の専門学校に入学して社会人を目指す!」
って、決断をしました。まぁ、大学行って何かをしたい!っていうこともなかったのでちっちゃい頃から料理を作ることが好きだったこともあり、こんな決断を下しました。
バブルの弾けた直後でもあり、就職難かと思われましたが、専門卒業後、ラッキーにもすぐに新宿にある某ホテルに就職。そこから、上下関係の厳しい料理人の世界に足を踏み入れることになりました…
さらに詳しいプロフィールは下記からどうぞ!
オレの人生って先見えすぎじゃね?
社会人1年目、体育会系バリバリの料理人の世界…中華料理の部署へ配属だったため、毎日毎日、何十キロもある重い食材を運び、それはそれは想像よりも厳しく、67kgあった体重もあっという間に62kgにまで減り、友達からは、
「色白くって病人みたいだよ…汗」
なんて心配されるほど…今までの人生で一番やつれた時期でした…そんな厳しい料理人の世界でも、順応性の高い豪萃は徐々にコミュニティに溶けていき、年数を重ねていきました。
その間に、お酒を覚え、ギャンブルを覚え、料理人の世界にどっぷり浸かっていったのは言うまでもありません笑
そんな、今思えばどうしようもない日々を送っていたある日のこと。
中華料理の調理場には、偉いもん順に手前から大きな丸いまな板が横一列に並んでいて、いつものように大量の食材を切り、ふと一息つき、横を振り向いたとき、
「えっ?何これ?オレの将来って見えすぎじゃね?」
って愕然…そこで目にしたものは、豪萃の横で食材を切っているのは2年先輩の料理人、その横は5年先輩、8年先輩、その横は10年、さらにその上は副料理長…
なんだか、この先、年が経つにつれ順を追っていけば「横にずれていくだけの人生」を辿っていくように見えちゃったんです…つまり、
「この年齢になったらこんな風になる…」
というのが、豪萃の中であまりにも具現化されてしまったんです…
そんなありきたりの未来に愕然としているタイミングで、彼女(今の奥さん)がこんな突拍子もないことを口にしたんです…
突然、彼女(今の奥さん)がこんなことを口にしたんです…
その言葉は唐突でした…彼女がこんなことを口にしたんです…
ってこの言葉を聞いた瞬間、頭の中が目まぐるしく回り始めました。でも、今でも彼女に返した言葉を鮮明に覚えています…
って。でも、これがキッカケで何年にも渡る移住生活が始まったことは間違いありません…
この彼女が発した言葉のあと、私の頭の中では、移住したらどうなんるだろ?どんな生活なんだろ?英語は大丈夫?働く場所は?などなど、発した言葉とは逆に、それこそたくさんのことを自問自答していました。
そんな移住に関するアンテナがビンビン張っていたちょうどそのとき、豪萃の目に、こんな文字が飛び込んできたのです…
「オーストラリアで働こう!」
それはある日突然でした…仕事帰りの京王線の中…疲れた身体で吊革に捕まり、電車に揺られていたそのとき、ふと上を見上げると、そこには中吊り広告が見えました…
しかも、その広告をよく見ると、そこにはこんな文字が…
「オーストラリアで働こう!」
という確か仕事探し系の雑誌の広告で、オーストラリアで働きたい人のための特集か何かだったと思う。豪萃は「これだ!」と確信に満ちた何かを感じ、駅に降りたらすぐ本屋に向かい、その雑誌を購入したのを覚えています。
そこにはオーストラリアでの求人広告がたくさん載っていて、なんだか本当に移住できるのかも?なんて気がしたら、ワクワクが止まらず、その夜、彼女にすぐに電話…
すると、驚きの返事が…
野望多きうちの奥さんに振り回される日々はここから始まるのだった…笑